最終バス

オリジナルストーリー

私は数年前まで自動車工場勤務をしていました。
普段は残業することはないのですが、その日はトラブルが起きて対応に追われ、
ずいぶん遅くまで作業をしました。
仕事を終えて、職場を出たのは夜11時を過ぎていました。

最寄りのバス停から乗ったのは最終バスで、乗客は私のほかには三人いるだけでした。
私が降りるのはその路線の終点で、乗車時間は20分ほどです。
疲労のためウトウトしているなかで、降車ボタンが押され、
乗客が降りていくのを夢うつつで感じていました。

ふと気づくと、私がいつも降りるバス停のみっつ手前でした。
そろそろ起きておかないとな、と思っていると、
ピンポーン、と降車チャイムが鳴りました。
しかし、バス停に停車しても誰も降りません。
バスが走り出し、次のバス停が近づくと、またチャイムが鳴りました。
にもかかわらず、バス停に停車しても誰も降りないのです。
(酔っ払いか? つまんないイタズラするなよな……)
前方の座席に座っていた私は、後ろに乗っている乗客がふざけているのだと思いました。
次のバス停が近づいてきて、みたびチャイムが鳴りました。
が、やはり次のバス停でも降りないのです。
いい加減にしろよ、と若干イラつきながら後ろを振り向いて息を呑みました。
後方の座席はすべて空席でした。
三人の客は私が居眠りしている間に下車していて、
私以外に誰も乗っていなかったのです。

私が降りる終点の停留所に着きました。
「すいません、あの……」
降り際に運転手さんに声をかけました。
自分がイタズラでボタンを押していないこと、
なにより誰もいないのにボタンが押されていたことを伝えようと思ったのです。
「さっきの降車ボタンなんですけど……」
と言いかけると、
「はい、承知しております……最終便ではこういうことがときどきあるんです」
「え……」
「お忘れになった方がいいですよ、理解できないことがあるものです、この世の中には」
初老の運転手さんは苦笑しつつ、そう言いました。

現在は転職していて、その路線バスに乗ることはありませんが、
いまでも最終バスでは姿の見えない乗客がボタンを押し続けているのだろうか、と思い出します。

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