作業着の男

オリジナルストーリー

私がその『存在』に気づいたのは、今のマンションに引っ越してきてすぐのこと。
仕事から帰ってきて、オートロックの外玄関から中に入ってきたときだ。
エスカレーターホールに続くロビーに、男性が壁に向かってしゃがみ込んでいるのを見た。
彼は作業着を着ていて、一見してなにかの工事関係者だとわかった。
時刻は夜の九時近くだったが、設備に不具合があったか、点検作業でもしているのだろうと、とくに気にもせず通り過ぎた。

それからときどきその姿を見かけるようになったのだが、いつも背を向けている。
何か作業をしている様子はなく、立っているかしゃがんでいるだけ。

さすがになんだかおかしいな、と思い始めたある日、妻がこんなことを言った。
「このマンションに不審者が出入りしているらしいんだって」
「え? そうなの?」
「うん、住民の人が何人も見てるらしいの……その人は工事現場の作業員の格好をしていて、
エントランスフロアやエレベーターホールや、廊下でも見かけることがあるんだって」
「作業員……あいつか」

回覧板や掲示板にも注意喚起がされていた。
目撃される場所はまちまちだが、いつも背を向けていて彼の顔を見た人はいない、
ちょっと目を離した隙に、その姿は消えている、
大抵は夜にあらわれるが、朝や昼間にも見た人がいる、
のだそうだ。

つまり『出るマンション』ということだ。
しかしこのマンションは新築だ、そんなおかしなモノがいるとは考えられないのだが……。

住民から苦情が殺到し、退去する者もあらわれた。
管理会社がどこかの神社か寺に頼んでお祓いをしてからは、
かなり頻度は減ったようだが、見る人は『見る』らしい。
私も思い出したころに目撃することがあるので、まだ祓えていないことは明らかだ。
妻は一度も見たことがないらしく、
「気にしすぎなんじゃないの?」
と、呑気にしているが……。

だが、なぜ新築マンションにそんなモノが居着いているのか。
もしかしたらと、時間を見つけて、ネットや図書館などでこのあたりのことを調べてみた。

すると、このマンションができる前は、有料の月極駐車場で、
その前は雑居ビルだったそうだ。
その雑居ビルから駐車場になる間に事故があったらしい。
ビルの取り壊し作業中に、作業員がひとり、落下事故で亡くなっていた。
日雇い労働者で、身元もよくわからなかったという。
それが1970年代の話だ。
そして50年ほど経ってから駐車場も閉鎖になって、このマンションが建てられたのだ。

つまり、マンション全体が事故物件ということなのか。
特定の部屋ではなく、この場所に彼はなにか執着があるのだろう。

こういう事故物件もあるんだな、と私はため息をついた。

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