レイヤー

オリジナルストーリー

高校二年の夏休みも残り少なくなったある日。
俺は西日本の中心都市にいた。

小学生のころからずっと仲のいい昌隆という友人がいた。
昌隆は親の仕事の都合で中学二年のとき、引っ越していった。
それでも付き合いは続いており、たまに連絡を取り合っていて、
『夏休みのうちにいちど遊びに来いよ』
ということで、三泊の予定で彼の家に世話になることになった。

当時からお互いの家をよく行き来していたので、彼の両親も、
「お久しぶりね、会えて嬉しいわ」
「元気だったか、いやあ、大きくなったなあ」
と、歓迎してくれた。

色々と各地を観光し、有名な繁華街もいくつか周ったのだが、
そのうちのひとつに行ったときだ。

その街は独特な雰囲気があり、食い物も美味かった。
夏休みの人混みを歩いていると、
「優弥、そっちじゃなくて向こうから回ろうぜ」
「次はあっちへ行こう」
と、昌隆がやけに誘導する場面が多かった。
「え? ここをいくほうが近いんじゃないのか?」
俺はスマホでマップを見て首を傾げた。
行きたい場所があったのだが、昌隆がいうルートを取ると、遠回りになってしまうのだ。
「いや、そうなんだけどさ……」
昌隆が物思わしげな顔になる。
「どうかしたのか?」
「うーん……おまえさ、視えるだろ?」

俺はこの世ものならぬ存在が視える『霊感体質』だ。
いまはその事実を周囲にひた隠しにしているが、
幼いころは自覚なく人に話してしまうことがあった。
それを昌隆が覚えていたのだ。

「知ってるだろ、ここ。有名な心霊スポットってやつさ」
彼がマップの画面をスワイプして指差す。
商店街の筋にある、大型家電量販店だ。
「……ああ」
俺は思い当たって頷いた。

いまから五十年ほど前、当時そこにあったデパートで、
戦後最悪といわれる大火災が起きた。
現在はその跡地に家電店ができているが、
いまだにその建物や周辺で、犠牲者と思われる霊が目撃されているという。
また、その昔は刑場や墓地だったとも聞く。
すぐ隣に寺があり、塀を高くして見えないようになっているが、
古い墓地があるのだそうだ。

俺はそういう体質もあって『心霊スポット』には極力近づかないことにしている。
逆に『見えた見えた』『出たよ』と大騒ぎしているが、俺から視れば、まったくそういうものが存在しないということもあった。
「そんなにヤバいのか?」
「ああ……俺も何回か見たことがある」
「え、昌隆って視えたんだっけ?」

俺は驚いた。
昌隆が『視える体質』だとは聞いたことがなかったのだ。
「いや、たぶんたまたまだと思うんだけど……はっきり視えるわけじゃないしな。
だけど視界の隅に人影が一瞬視えたりとか、すごく嫌な気分になる時があるんだよ。
俺はたまにだけど、優弥は普段からガッツリ視えるんだろ、やめておいたほうが……」
いまの時代に合っていない――昭和時代の古いテレビドラマに出てくるような髪型や服装をした女性が歩いていたりとか、
なにかが焦げたようなにおいを感じたことがあるのだそうだ。

「そうか……じゃあ回り道するか」
歩き始めたがなんとなく『視てみたい』という好奇心もあった。
久しぶりに旧友と会い、知らない街に泊まりがけで遊びにきて、すこし浮かれていたのかもしれない。
「おい、もうひとつ向こうの筋を行ったほうがいいぞ、でかい建物だからここをいくと目に入るぞ」
「いや、これだけ離れていれば大丈夫だよ、行こうぜ」
「まあ、優弥がいいなら……」
デパートの跡地とのあいだには6車線の広い道路があり、また高速道路のガード下になっていて、かなりの距離がある。
まあ余裕だろ、と歩き始めたのだが――。

(確かにヤバいな……)
いい天気なのに巨大な建物だけが、やけに薄暗く見える。
お寺からも異様な雰囲気が伝わってくる。
何かが燃えたようなきな臭いにおい、
通行人に紛れて、時代に合っていない服装をした人が建物周辺に何人も視えた。
中にはまっ黒に焼け爛れた凄惨な姿をした者もいる。
バーン、という何かがぶつかる音、たぶんあれは炎の熱さに耐えかねて身を投げたときの……。
(やめときゃよかったな……)
ちょっと後悔したが、さきほど昌隆に余裕ありげな態度を見せた手前、
引き返そうとは言えず、できるだけ見ないようにして足早に歩いた。

「急ごうぜ」
急に昌隆が小走りになる。
(こいつもなんか感じてるのかな?)
そう思いながら、俺も小走りになり人波を抜けた。

かなり離れてから、昌隆が大きく息をついた。
「どうしたよ、なんか視えたのか?」
俺が聞くと、
「ああ。視えはしなかったけど、すっげえ物が焦げたにおいがしてさ、まるで火事の後みたいな。
いままでもたまにあったんだけど、あんなに強いにおいは初めてだよ」
「そうか……」
昌隆はもともと霊感があったのだろう、いまになって開花しつつあるのだとしたら。
『霊感の強いもののそばにいると、そういう体質のものは同調するようにその力が研ぎすまされていく』
そういうことかもしれない、昌隆はいま俺と一緒にいるから……。

「おまえはなんか視えたのかよ?」
すこし顔色が悪い昌隆が尋ねてくる。
「うん……まあ、ちょっと、な」
「そうか……においどころじゃなかったんだろう?」
「ああ……聞きたいか?」
「……いや、やめとく」
顔を見合わせて苦笑した。

夕食に入った店で出てきたのは、たこ焼きとお好み焼きとうどんという『粉物』のフルコースだった。
なんという組み合わせだ、と思ったが、食べてみると案外いけた。
何事も経験だな。
「なあ、視えるってどんな感じなんだ?」
ヘラで器用にお好み焼きを口に運びながら昌隆が訊いてくる。
「どんなって……うーん、そうだな」
箸の先で割った、たこ焼きから出てきたタコの大きさに感心しながらちょっと考えた。
「レイヤーってあるじゃん、画像とかイラストとかの」
「ああ、いくつも重ねていく階層みたいなものだろ」
例えばイラストで言えば、もとになる背景画にその他のものを描いた透明なフィルムを何層にも重ねていってひとつの絵になる。
第一階層は背景、その上に第二階層の建物、さらにその上に第三階層の人物、またその上に第四階層を重ねて……といった具合だ。
「普通の人は第一階層しか見えない、だけど見える体質の人間はその上の重ねたフィルムに描いた物が視える……
そして視える体質にも段階があって、第二階層まで視える人と、第三、第四まで視える人、
さらにその上の第五、第六階層まで視える人もいる、そんな感じかな」
「なるほど、そういうイメージか……優弥はどれくらいだ?」
「さあなあ……第三か第四くらいまでってとこじゃないか? 俺の高校の先輩に、もっと上の階層まで視える人がいるよ」
「へえ、そんなの大変だな。気が休まらないんじゃねえか」
「でも訓練次第で、普段は視ないようにできるらしいんだよ……俺には無理だけど」
言っていて気づいた。
そうだ……レイヤーだよ。
普段、理沙先輩は重なっているフィルムを取っ払ってるってことか。
そのイメージができて、コツさえ掴めれば……。
理沙先輩がいつも、
『視えるっていうのはレイヤーみたいなものなんだよ』
と言っていたのはそういうことだったんだ。

「おい、どうした?」
昌隆の声にはっと我に返った。
「あ、いや……さっきの昌隆は1.5階層くらいまで視えてたってことかな、と思って」
「おいおい、ヤなこというなよ、俺は1.1だってごめんだからな」
ふたりで笑い声を上げた。

翌日。
新幹線を待っている駅のホームで、気配を感じたので目を向けると、
半透明の中年男性が売店の前でぼんやりと立っているのが視えた。
さっそくイメージしてみる。
レイヤーをめくる……レイヤーを取っ払う……。

ふっと、男性が見えなくなった。
思わずニンマリとしてしまう。
だが気を緩めると、すぐに男性の姿が浮かび上がった。
目が合いそうになったので、時計を見るふりをして視線を逸らした。

これで『スイッチを切る』コツはわかった。
完全に体得すれば、毎日暮らしやすくなるなあ、と心の中でガッツポーズをした。

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