お部屋の隅のお婆ちゃん

オリジナルストーリー

(だれだろう? あれ)
幼稚園のお部屋の隅にいつもいる。
朝からおうちに帰るまで、ずっと立っている。
もやもやと白い煙に包まれたお婆ちゃん。
先生に「あのお婆ちゃんだれ?」と訊いても「なにを言ってるの?」と首を傾げる。
ほかのお友達に訊いても「なんのこと? だあれもいないよ」と笑う。
なんでだれも見えないんだろう、そこにいるのに。

「そこでなにしてるの?」
ある日話しかけたら、そのお婆ちゃんは首を傾げて私を見た。
「だれに会いにきたの?」
そう問いかけると黙ってお友達の真緒ちゃんを指さした。
「真緒ちゃんのお婆ちゃんなの?」
お婆ちゃんはちょっと笑って頷いた。
私は真緒ちゃんに「お婆ちゃんがきてるよ」と伝えると、
真緒ちゃんは最初変な顔をして、すぐに悲しそうな顔をして、
「お婆ちゃんはもういない」
と、泣き出した。
先生がやってきて、どうしたのと訊かれたから、ありのままを話したら、
「どうしてそんなことを真緒ちゃんに言うの」
と、叱られた。
真緒ちゃんとお婆ちゃんはもう会えなくなったのだからそんなこと言っちゃ駄目、と。
ぜんぜん意味がわからなかった。

おうちに帰ってお母さんにそのことを話したら、
「ああ、やっぱりあなたも……」
とすごく悲しそうな顔をして、でもすぐに笑って、
「理沙にはだれにも視えないものが視えるのよ」
と言った。
「どうして私だけに見えるの?」
不思議に思って尋ねたら、
「お母さんにも視えるから」
そう言って頭をなでてくれた。
それからお母さんはたくさんの話をしてくれた。
お母さんもちっちゃいころから私と同じものが見えていたこと。
それはとても大事なことだということ。
大事なことだからこそ、ほかの人には話してはいけないということ。
見えるものに近づいたり話しかけたりしてはいけないということ。
見えるものに私が見えてることを教えてはいけないということ。
お母さんの言うことはむずかしかったけど、
とても大事なことだということだけはわかった。
お母さんはずっと優しく笑っていたけど、なんだかとても悲しそうな笑顔だったから。

何日かあと、私は真緒ちゃんに謝った。
真緒ちゃんは、どこにお婆ちゃんがいるの、と訊いてきた。
お部屋の隅にいる、と言ったら、真緒ちゃんは、
「私は元気だよ」
「もう泣いてないよ」
「だからもう心配しないで」
と、お婆ちゃんに向かって言った。
お婆ちゃんは嬉しそうに笑って真緒ちゃんの頭をなでた。
真緒ちゃんは怪訝な顔をして辺りを見回していた。
帰りのバスで隣に座った真緒ちゃんは、
「ありがとうね、理沙ちゃん」
と笑って言った。
次の日から、お婆ちゃんはお部屋の隅からいなくなった。

私(越嶌理沙)にはほかの人が見えない存在が自分には『視える』ということを自覚した最初の出来事だ。

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