異界からの少女

オリジナルストーリー

私は、夫と2人の子どもがいる4人家族の主婦です。
数年前に建売でしたが念願の新築一軒家を購入し、いまの土地へ引っ越してきました。
それからまもなく、家の中でおかしなことが起こったのです。
ある土曜日のことでした。
夫が休日出勤で、いつもどおり朝起きて朝食をつくり、送り出したあとのことです。

寝不足だったのか眠気が取れず、すこし横になろうと、敷いたままだった布団に潜り込みました。
しばらくすると当時5歳と3歳の娘が走り回って遊び始めました。
もうすこし大きくなったら、2階に子ども部屋をあてがおうと思っていましたが、
そのころはまだ、1階の和室で親子4人、枕を並べて寝ていたのです。
追いかけっこをしているらしく、どたばた、どたばたと私の枕もとや布団の上を駆け抜けています。
うるさいなー、と思いつつ寝ていましたが、布団の上を駆け抜けたタイミングで、
「こらあー!」
と、ガバッと起き上がり、娘を捕まえて布団に引っ張り込みました。
この遊びは今までにも何度かやっていて、娘はきゃっきゃとはしゃいで笑い声を立てるのが常でした。

(あれ?)
すぐに違和感を覚えました。
捕まえた娘は笑い声もあげず、じっとおとなしくしているのです。
布団に引き込むとき、よく見ていなかったのですが、触れた体の大きさから下の娘だと思っていました。
布団をめくると、娘の後頭部が見えました。私に背を向ける形です。
娘は髪を長く伸ばしています。
いつも一緒にお風呂に入り、洗ってあげているので、さらさらときれいな髪をしているのです。

目の前にいる子も髪は長かったのですが、しばらく洗髪をしていないような脂ぎった感じでごわごわしています。
着ているパジャマも見覚えがなく、ちょっと薄汚れていてシミらしきものも確認できました。
体つきも微妙に違っており、ガリガリに痩せ細っているように見えます。
「え? あなた、誰?」
私は怖いというより、ただ驚いて、その子の肩に手をかけて顔を見ようとしました。
しかし、その子は素早く布団から抜け出ると、ぱたぱた、と、走って部屋を出て行きました。
(知らないよその子が勝手に家に入り込んできている!)
私は飛び起きて後を追いましたが、その子の姿はありません。
2人の我が子を呼び寄せて、抱き抱えて、家のあちこちを探し回りました。
クローゼットや押入れ、物置まで確認しましたが、その子は見つかりませんでした。
外へ出たのかも思いましたが、玄関も勝手口も鍵がかかっています。窓やベランダも、出入りした形跡さえないのです。
まさに『煙のように消えてしまった』のです。

夫が帰ってきてから話すと、
「夢でも見たんじゃないか?」
と、笑っていました。
夢にしては現実感がありすぎですが、あれだけ探しても見つからず、
出入りした形跡もないとなると、もしかしたら夢だったのかと思いました。

しかし、一か月に一度くらいの頻度で、家の中でその子を目撃するようになったのです。
2階へ上がっていく後ろ姿。
廊下を曲がっていく後ろ姿。
部屋の外を横切る姿を見たこともあります。

(生きた人ではない……?)

そういうものの存在は信じてはいます。
私は10代の頃、霊感めいたものがありました。
とはいっても、金縛りにかかったり、気配を感じたりする程度で、
年齢とともにそういう力はなくなっていました。

(まさか、その力が蘇ったのか?)

とくに悪さをするわけではないのですが、やはり気味が悪いし、
子どもたちも、その子の存在に反応していませんでしたが、
もしなにかあったら、と思うと心配でなりません。
しかし、新築なので事故物件などではないはずです。

(もしかしたら、この土地にまつわる何かなのかも)

そう思ってご近所のかたがたに、さりげなく尋ねてみたりもしたのですが、
それらしい話は聞けませんでした。
だいたい、その区画はすべて新築だったので、
みんなここに越してきて間もない人たちばかりだったのです。

ある日、買い物に出かけた時に、ご近所のかたと行き合いました。
そのかたは私より若いお母さんで、お子さんはまだ小さく、抱っこしていました。
あの子について尋ねたことがなかったので、すこし世間話をしたあと、
「ときどき、しらない子がお家に入り込んだりしてませんか?」
と、訊いてみました。
「はい……?」
ちょっと首を傾げて私の顔を見つめてきます。
おかしなことを言う人だな、と訝しんでいるんだろうなあ、と思い、
「いえ、なければいいんです、すいません」
ちょっと恥ずかしくなって、頭を下げ、立ち去ろうとしました。
「あの……もしかしたら」
その人はそう言って私を引き留めると、
「視えているんですか?」
と訊いてきたのです。
「え……?」
私は思わず見つめかえしました。

睦月理沙さんというその人は、
幼いころから他の人には視えない存在を感じたり見たりする体質で、
その能力はいまも健在であるといいます。

「その子は住宅街ができる以前から、この土地につく地縛霊で、寂しがっているんです。
だから自分と同じくらいの子どもがいると、遊びたくて出てくるんですよ。
でも、害はありません。お子さんが小学校に上がるころには、あらわれなくなりますよ」
「え……? そう、なんですか」

その後もすこし話したところによると、理沙さんはその鋭すぎる『霊感』のせいで、
幼いころから色々と嫌な思いもしてきたといいます。
怖がられたり、面白がられたり、からかわれたり……。
だから、人とこういう話はあまりしたくないそうなのですが……。

「お母さんとしてはご心配でしょうから、お話しさせていただきました」
のだそうです。
同じ歳くらいの子どもさんがいる家には、まんべんなくあらわれているようですが、
私以外には視える人がいないので、騒ぎになっていないのだといいます。

「では、あの、睦月さんのお子さんがもうすこし大きくなったら……」
「そのときは私の家にもあらわれるでしょうね……しかたありません」

聞いていると、どうやら理沙さんには、霊を追い払ったり、浄化するような能力などはないそうで、
「見て見ぬふりをするしかありませんね……あとはこの子が『視える』体質を引き継いでいないように祈るばかりです」
と、腕に抱いている我が子を見て、ちょっとため息をつきました。

下の娘が小学校に上がった現在、その子はぴたりと家にあらわれなくなりました。
理沙さんとは、ときどき顔を合わせると挨拶をする程度で、彼女の家にその子があらわれるようになったのかどうかは聞いていません。
「私にあまり近づきすぎないほうがいいですよ、あなたにとっていいことはありません」
と、言われたからです。
霊感が強すぎるもののそばにいると、多少なりとも霊感のある人は、その力が共鳴して強くなってしまうから、と。

理沙さんほどの強い力があれば、自分の行動範囲で起きる霊現象はすべて感じ取ってしまうのでしょう。
あらためて、私自身にそこまでの力がなかったことに安堵し、この世には不思議なことはある、と痛感した出来事でした。

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