霊視者たちの戦慄

オリジナルストーリー

高校二年のゴールデンウィーク明け。
そろそろ中間試験も近づいてきているので、
ぼちぼち勉強しなきゃな、と思いつつ、ノートPCで動画サイトを眺めていると。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
「あー、いいよ」
妹の優香が部屋へ入ってくる。
「お、ちょうどいいとこに来た! ねえ、そこに投稿されてる動画なんだけどさあ……」
優香は俺が観ていた音楽PVを終了させ、キーボードを叩いて検索し始める。
「おい、なにすんだよ、勝手に……」
「このチャンネルなんだけどさあ……」
俺の抗議など聞く耳持たず、優香が操作を完了した。

動画サイトではいろんなジャンルの投稿チャンネルが存在する。
「霊異探偵TV……?」
画面に表示されたのは、二十代から三十代の男性で構成された三人組の『心霊系チャンネル』だ。
いわゆる心霊スポット探訪を売りにしていて、廃墟やらトンネルやらダムやらでロケ動画を撮り、
そこで起きる怪現象などを検証している、らしい。
『心霊スポット系』チャンネルは他にもあるが、登録者や閲覧数も飛び抜けていてかなり大手だといえるようだ。
「なんだ、こんなもん面白がってるのかよ」
「まあまあ面白いよ、ネタとしてはね」
優香は皮肉な笑みを浮かべる。
彼らの行く心霊スポットでは必ず『怪現象』が起きるそうだ。
機器の不具合に始まり、オーブが飛んだり、怪音や変な声が入っていたり、
人影が横切ったり、半透明の人の顔が映ったり……。

「ネタねえ……」
俺は笑った、確かにネタだ。
同系統の動画を観たことは俺もあったが、すべて『ヤラセ』で、意図的に撮られた映像だった。
そうでなければ建物の軋み音だったり、衣擦れ音であったり、
舞う埃にライトが当たっただけだったり、撮影者本人も意識しない呼吸音だったり……。
故意であってもなくても、それは『偽物』ばかりだった。

俺と妹はこの世ならざるものの存在が視えたり聞こえたり、感じ取ったりする『霊感体質』だ。
だからこそ、こういうものはいっさい信じていない。
だいたい『この世のものでない存在』が、映像や画像に残ることは基本的にはない。
向こうがその気になったら別かもしれないが、すくなくともこのテの動画で『本物』が映っているのを俺は視たことがない。

「だけど、ネタとか言って笑ってられない動画が投稿されててさあ」
優香はタッチパッドに指を滑らせて、動画のサムネイルをクリックして開いた。
それはいちばん最近投稿された動画で、某県にある心霊スポットを探索するという企画だ。
平成初期に廃業になった50年以上経営されていた病院跡の廃墟で、
15年くらい前には拉致された若い女性が殺害され、遺棄されるという事件も起きている。

5階建の建物でかなり老朽化がすすんでいて、傷みが目立つ。
そんな中を三人が手持ちカメラやスマホで撮影しつつ、
「なんか音聞こえたぞ」
「声みたいなの聞こえない?」
「人影が横切ったような気がする」
などといいながら探索している。
視聴者のコメントも、
『15分23秒、女の人の呻き声入ってない?』
『サリーさんがドアを開けたとき、奥に人が立ってた』
『20分45秒のとこ、顔うつってる! うつってるよ!』
と賑やかだった。

当然それはすべて、
建物の軋みだったり、風の音だったり、マイクに衣服が擦れた音だったり。
ただの壁の汚れだったり、ライトが埃に反射しただけだったり。
中には露骨にメンバーの一人が画面外で立てた音に、大袈裟に反応したり。
(マジでやってんだなあ……まあ楽しいならいいけど)
俺は苦笑しながらそれらを眺めた。

「んー、シャレになんないのはもうちょっと先なんだよね」
優香は動画をスキップし、
「このあたりだったかな……」
と、一時停止する。
「このあとすぐなんだけど」
そう言いつつ、動画を再生する。
そろそろ探索も終盤に入ったころだ。
メンバーのひとりが冗談を言ってふたりが笑う。
その直後。
肌に粟が立ち、毛髪がざわざわする。
「なんだ、これ……」
俺は思わず手で口を押さえた。
若い女性の顔が大写しになっている。
無表情で一見なんの感情も見えない。
だが、怨嗟と憎悪が画面越しにビリビリ伝わる。
耐えきれずに動画を閉じた。
優香は顔を背けていた。
「おい……いまの」
「やばいでしょ?」
優香が向き直って、首をすくめる。
「ああ……あんなの初めて視た」
一気に噴き出た冷や汗を手の甲で拭う。
「あと、最後のほうにもう一回映るんだけど」
「まだあんのかよ」
優香がまた動画のコントロールバーを指先で動かす。
「ここ。気をしっかり持って視てね」
動画をスタートさせると、また顔を背ける。
「……まじか」
カメラを固定して三人がエンディングトークをしている。
三人とカメラの間に女が立ち、じっとこちらを見ている。
さっきと違って無表情ではなく、怒りの表情を浮かべている。
『ユルサナイ……』
三人の声に女の声が被さる。
バリバリと音を立てて髪の毛が逆立つようだ。
「うわ!」
俺はブラウザごと閉じた。
「どう思う?」
「どうって……やばすぎるだろ、こんなもん視せるなよ」
「だって、ひとりで抱え込んでるのイヤだもん」
「あのなあ……」
我が妹ながらなんてやつだ。
俺は呆れてため息をついた。

「でもさ、なにが怖いって誰ひとり反応してないってことだよね」
「そうだな」
出演者はもちろん、視聴者も『女性』の存在にいっさい気づいていない。
コメント欄もそれを指摘しているものがひとつもなかった。
まあ、視えていたら大騒ぎになってるよな……。
「しかし視えるやつはひとりもいないのかよ」
ネットなんて日本中、いや、世界中の人間が見ているんだから、
俺たち以外にも『視える』人間なんていくらでもいるだろう。
「それは……視えてる人は私たちと同じ気持ちなんじゃない?」
「はあ、なるほどな」
視えている人間は基本的に、あっちの存在と『関わりたくない』と思っている。
当然面倒ごとは避けたいので、見なかったことにして『そっ閉じ』しているに違いない。
「でもこの動画、知らずに見てる人にも影響出たりしないのかな」
「どうだろうなあ……基本写真や動画から影響を与えるようなモノってそうそうないだろ」
見たら呪われる写真や動画なんてものがよくあるが、実際そんなもんはない。
怪我をした、病気になった、よくない出来事が続いた、なんてほとんどこじつけだ。
「でもさ、これほど写っているモノの思念が強烈に伝わってくるのって珍しくない?」
「まあ、確かに。これに関しては『影響はない』とは言い切れないかもな」
「だよねー……大丈夫かなあ? 学校の友達にもこのチャンネルが好きで見てる子が何人かいるんだよ」
俺の同級生にもこの類のジャンルが好きなのが結構いる。
かなり人気のチャンネルだし、これを観ている奴がいるかもしれない。
「だからってどうしようもないよな……『見るな』というわけにいかないし」
「うーん……そうだね」
しばらく沈黙の時間が続いたが、とくにいい案が出るわけでもなく、
「ごめんね、ありがと」
優香は部屋を出て行った。
俺は念の為に閲覧履歴を消去しながら、そういえば相談できる人がいたっけ、と思った。

翌日の剣道部の稽古後。
俺は越嶌梨沙先輩に相談してみた。
人もまばらな学食の端の席で例の動画を見てもらう。
「結構シンドイねー」
理沙先輩はスマホを俺の方へ押しやりながら苦笑いする。
寒そうに肩をすぼめて腕をさすっていた。
「す、すいません……ご迷惑でしたか」
俺は恐縮して頭を下げた。
「いや、べつに謝らなくてもいいけど……で、妹さんはこの動画を見ている友達に悪影響が出ないか心配してるってわけね?」
「はい、まあ……俺はこういった記録物から影響が出ることはないと思ってますけど。この映ってる女の人、かなり強い念を持ってますよね……万一ってことがあるかな、と」
「そうだね……でも視えない人がいくら見てたところでなにもないでしょ……視える体質の人はそれこそ見なかったことにするだろうし。確かにかなり強い怨悪は持ってるようだけど……画像越しに影響を与えるまでじゃないと思うな」
「そ、そうですよね」
理沙先輩がそういうなら安心だ。
俺はホッとして胸を撫で下ろしたが、次の言葉で背筋がすっと冷たくなる。
「だけど……投稿してる人たちはそうはいかないかもね」
「え? あの三人の配信者ですか?」
「うん。ちょっと……いや、割とやばいかも」
「……マジっすか」
俺は呆然として理沙先輩の顔を見返した。
「あのスポットってかなり有名なんですよ、あのグループだけじゃなくいままでにたくさんの配信者が足を運んでます。配信者だけでなくプライベートで訪れている人もいるだろうし……それじゃその人たち、みんな……?」
そういえば、あの廃墟病院に行って帰りに事故に遭ったとか、体調崩したとか精神に異常をきたしたとか噂がある。
だが、そんなのはどこの心霊スポットでも言われていることだ。
しかし今回ばかりは噂レベルじゃなくて、それらはみんな本当のことなのか。
「あそこに行った人たち、全ての人に影響が出ているわけじゃないと思うよ……だけどさっきの人たちは、よほどあの女の人を怒らせるようなことをしてしまったのかも」
「怒らせた……?」
「うん……撮影外でなにかしたのか、編集でカットしているのか、それが何かはわかんないけど」
確かにそれはじゅうぶんあり得ることだ。この撮影者たちは動画内でもふざけたりする振る舞いが多く、不謹慎だと苦言を呈するコメントも多いと聞く。
「なんとかならないんですかね……」
「例えば私や水瀬くんみたいに視える人が『とても危険なのでお祓いに行ってください』って連絡したとして……あの人たちが真に受けてくれるかどうか、そもそもお祓い自体効果あるかどうかわかんないし」
「……そうですよね」
「どんな悪霊もやっつけるスーパー霊能力者が助けてくれるといいんだけどね」
理沙先輩は軽くため息をついた。
まずそんなことはありえない、といった顔だ。俺もそう思う。

その夜、妹の優香にあの動画から悪影響を受ける可能性はまずないようだと伝える。
「そっかあ……よかった」
優香は安心の表情を浮かべたが、配信者は無事では済まないかもしれないことを告げるとふたたび表情をこわばらせた。
なんとかしたいがどうしようもない、霊感体質を名乗り出て忠告したところで聞き入れられるとは思えない。
目に見えないもの、説明が難しいもの、実体がないもの……人はそういうものを信用しない。
こちらにしても下手に関わり合いになって、火の粉が降りかかってくるのは避けたい気持ちもある。
しばらくはやりきれない気持ちを抱えて過ごすことになりそうだ。

それから一ヶ月後。
そのチャンネルの更新が、なんの告知もなく突然停止した。
心霊スポット探索ネタがなくても、
都市伝説ネタや怪談ネタで、雑談配信だけでも、
週に二回は必ず更新していたのに、ピタリと止まったのだ。
ファンが騒ぎ始め、付き合いのあった他の配信者たちも、
心配していたが、なにがあったのかわからないようで、連絡も取れないという。
そのうち親しかった配信者は誰も触れなくなった。
なにか洒落にならないことがあったんじゃないかと噂されている。
所属事務所からも『契約終了のため』としか発表されなかった。

だが、その後も例の心スポで撮影している配信者はいたが、
彼らのように消息不明にならず、変わらず活動を続けている。
いったい、彼らはあそこで何をやらかして、
あの女性をあれだけ怒らせたのか……それはわからない。

「私たちみたいな体質じゃなくても、もともと人は危険なものを回避する能力は持ってるんだよ。
なんだか嫌な予感がしてべつの道を通ったら、いつもの道で事故が起きていたとか、よくあることでしょ。
だけど、視聴率を取りたい、面白い動画を撮りたいってそっちに気がいってしまって、
嫌な予感があっても無視してしまうのが当たり前になってしまう。
そしていざ危険なものに対峙した時に回避できなくなる……そういうことだよ」

あの動画について相談したとき、理沙先輩は最後にこう言っていた。

その後も一部配信者やファンはいろいろ憶測や考察を続けているが、
現在もなお、安否はおろか消息さえつかめないという。

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