私が小学校に上がる前のこと。
近所にある公民館の壁にはアートな絵画が描かれていた。
空や山や海、動物や鳥といった絵柄が散りばめられ、母に連れられて買い物に行ったときや父と散歩に行ったとき──通りがかりにそれらを見るのが大好きだった。
あれは夏の日の夜、祖父母に家に遊びに行った帰りに、父が運転する車で通りかかったときだった。
壁がイルミネーション装飾されており、周囲には街灯もあって、描かれた絵が幻想的に浮かび上がっていた。
いつもと違う見映えに、後部座席に乗っていた私は身を乗り出した。
(あれ……?)
私は違和感を覚えた。
壁画アートに、木立のあいだから子供たちが顔を出している絵柄があったのだが、いつもは四つだったのに、五つの顔がある。
男の子がふたり、女の子がふたり、そしてそのあいだにもうひとつ顔があった。
男の子か女の子かはまではわからなかった。
でも確かにいつもはなかった顔があった。
四つの顔は肌色に塗られているが、増えた顔は妙に白く、のっぺりとしていた。
「五つある! ねえ、お顔が五つあるよ!」
私は運転席の父と助手席の母へ興奮気味に伝えた。
「ええ、なんだって?」
「なにを言ってるの、この子は」
父母は口々にいい、笑い声を立てた。
私たちの乗った車は、すぐに公民館を通過していく。
もっとよく見ようと、窓に張り付いて目で追った。
すると、一つ増えた男の子か女の子かわからないその顔の目が、ぎょろりと動いて私を見た……。
それから数日後、昼間に母と一緒に買い物に行ったときに公民館前を通ったが、いつもどおり子供たちの顔は四つしかなかった。
(おかしいなあ……確かにあの夜は五人いたのに)
私は首を傾げ、母に何度も、
「ねえ、せっかく描いたお顔、また消しちゃったのかなあ?」
そう尋ねたが、
「そうだねー、あまり上手く描けなかったから消しちゃったんだよ」
母は子供が言う戯言として本気で受け止めていなかった。
いまから思えば、まだ四歳か五歳のころのこと。
私自身、なにかの見間違いか勘違いだったのかも、と思うこともある。
だけど……。
サビタイジング──人には、ものの数をいちいち数えずに、ぱっと見て直感的に数を把握する認知能力がある。
一般的に四〜五個くらいまでなら、目の前のリンゴをひとつ、ふたつ、と指差して数えずとも、一瞬でいくつあるかを理解できるあれだ。
個人差はあるが、『二個と三個だから五個』『三個と三個だから六個』と瞬時に組み合わせて全体数を認識するという。
私はいつもは四人の子供達を、あの夜『ふたつとみっつだからいつつ』と、確かに認識した。
いつもそこにない顔は妙に白くてのっぺりとしていて、目玉が動いて私と目が合った。
その記憶が圧倒的に生々しく、いまも脳裏に焼き付いている。


